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「逃亡者」からの発見。
平日の夕方、TBSドラマ「逃亡者」の再放送をしている。
ちなみに明日の放送で最終回を迎える。

そもそもこのドラマが好きだった訳でも、
再放送で欠かさず見ていたわけでもない。
冬の輪舞」に引き続き、ここ2回たまたま見てしまった。
それまでの経緯は相方Yに聞き、理解した。
そして次回は最終回、かなり気になる。

逃亡を続けていた江口さんが警察に追い詰められ、
囲まれてしまった後、どうなるのか、、、かなり気になる。

ので、昨晩DVDを借りてきて見てしまった。
月曜まで待てなかった。
そんな今日この頃、皆さんはいかがお過ごしですか?

逃亡者」最終回を見た感想はと言うと、、、
多少のひねりはあるものの、
それまでに全貌がだいぶ浮き彫りになってしまっていたので、
あっけないものでした。

しかし、良いのです。
このドラマは、エンディングに松たか子氏の「時の舟」が流れ、
切ないけど、何となく幸せという雰囲気になりますので。
これはこれで、いい演出だと思います。
松たか子氏が出演していないのに、松たか子氏の手触りを感じ、
お得な気持ちにもなれます。

余談ですが、
私は一度、渋谷のシアターコクーンの楽屋で
松たか子氏を見かけたことがあります。
楽屋にこもらず、出演者やスタッフと気さくに接してる感じが、好感を持てます。

近年、あまりドラマを見ることがない私ですが、
欠かさず見ているドラマがあって、
白い巨塔」と今回の「救命病棟24時」なのですが、
そして今回の「逃亡者」、、、

そうなのです。
どうやら私は江口さんの出演するドラマにはまるようです。
江口さんに夢中なのかもしれません。
江口さんに恋しているのかもしれません。
江口さんと私が潜在的につながりがあるのかもしれません。

江口さんと言えば、初めて見かけたのは、
伝説の「東京ラブストーリー」でした。
医学生の江口さんはそのロングヘアを武器に有森也実を翻弄していて、好感がもてます。
その後「愛という名のもとに」では、
元ボート部の江口さんは定職にも着かず、自由奔放に生きるていて、好感が持てます。

そんなチャラい若者の代名詞だった江口さんが、
今では、意志の強い正義の味方みたいな男となりました。

やはり私とえぐっちゃんの間には強いつながりがあるようです。

ここでハタと思いだしたのは、あの「冬の輪舞」です。
そういえば「冬の輪舞」の主人公・しのぶも医者でした、、、
逃亡者」も事件の中心は病院、、、病院が舞台と言っても支障がありません、、、
後は語るに及ばないでしょう。

どうやら私は病院とか、医者とかに、はまるようです。
病院に夢中なのかもしれません。
医者に恋してるのかもしれません。
私の天職は医者なのかもしれません。
こともあろうに私の相方Yは元医療事務員です。

どうもこの辺りに、私の真理が隠されているようです。

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vodafoneのCMの。
最近気になっていた木村カエラさんのblogを発見。
現在のvodafoneのCMに出ている、あの女性だ。

blogを魅入ってしまった。

コーヒーが苦手であるということ以外、
これといった情報は得られないものの、
充実した気分にはなった。

知ってる誰かに似てるんだよなぁ、とも思う。

若い頃からつながりが深い俳優Yは、
1年位ドコモ九州のCMに出ていた訳だが、
こんな風にCMをきっかけに、、、なんてこともあるのだろう。

ちなみに木村カエラさんの本名は「木村カエラりえ」とのこと。
カエラはミドルネール、らしい。


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誇張された話。
最近、私の読書欲が復活してきているのは良い傾向であると認識しています。
ここ半年程はこの読書欲が低迷し、いささか時間を持てますこともしばしばで、
しばしばと言っても、決まって電車の中のことではあるのですが、
体感時間が経過時間を上回る自体も発生していたわけです。

しかしながら、その事態に陥っている状況においても、
私の読書欲が盛り上がりを見せなかったことは、
何らかの原因があるのかもしてませんが、
読書欲が発揮されている今となっては、
その考察を行うことは困難であると言えるでしょう。

では逆に「なぜ読書欲が回復してきたのか」という
現状を捉えていくならば、何らかの答えが導き出せるかもしれません。
これについては、ひとつの命題として、
何らかの発見が生まれるまで考察を続けていくこととしましょう。

さてそんな折、本日読んでいるのが、
宮沢章夫氏のエッセイ「よくわからないねじ」である。

neji.jpg
この本の詳細

演劇に精通している方なら、知っていることかもしれませんが、
宮沢氏は「遊園地再生事業団」というカンパニーの劇作、演出を担当されている方であり、
小説「サーチエンジン・システムクラッシュ」で芥川賞候補にもなっています。

宮沢氏のエッセイを読むのは初めてある。
しかもまだ途中であるが、読みながら日常感じるある感覚と同じ感覚を感じた。

その"ある感覚"とは、よくTVのバラエティを見ている時、
お笑いタレントが話を誇張して話している時に感じる、
「いやいや、それはネタだろ」
という感覚である。

代表されるタレントとしては、明石家さんま、タモリなどに見られる、
この"面白ければいい"という意思の中で生み出される誇張話。

この宮沢氏のエッセイ「よくわからないねじ」には、
そんな嘘がはびこっている。

例えば、P33「ペアレンツ」の中では、
ユースホステルについて書かれており、
"日本ユースホステル協会"が発行した『全国400ヶ所ユースホステルガイド』の
内容についての指摘が書かれている。
各宿泊施設のマネージャー的人物を"ペアレンツ"と呼ぶそうだが、
その各"ペアレンツ"の趣味が記載されているという。

P38、11行目
たとえば北海道富良野にある、麓郷ユースホテルのペアレンツ、高津太一郎の趣味はどうだろう。
「前世占い」


P39、4行目
長野県の戸隠高原横倉ユースホテルのペアレンツ、横倉英起の趣味もどうなのだろう。
「忍法」


趣味で「前世占い」はまだいいとして、「忍法」はやりすぎである。
読みながらも「ネタだろ」と感じずにはいられない。
さらにいえば、"日本ユースホステル協会"のHP、及び、Googleで確認したところ、
『全国400ヶ所ユースホステルガイド』自体、発見できなかった。

また、P41「行けるようになりたい」では、
バンド活動をしている高村初音さんの
"あまりにもすごい知識"について書かれている。

P44、4行目
高村さんは、ある日、こんな風に人に話して驚かれたことがる。
「中国って、すごく大きな国だよね。韓国も、台湾も、香港も、ベトナムも、
みんな中国なんでしょ?」
(中略)
それを聞いた友人が質問した。
「韓国や台湾はなんだんだ」
高村さんの回答は、思いがけないものだった。
「韓国も台湾もベトナムも、みんな中国の首都よ」
友人は、おやっと思った。高村さんが考える「首都」がどうもよくわからない。


いかがであろうか?こんな人間が存在するのであろうか?
さらにはこう続く。

P45、14行目
高村さんにとって、魚は二種類ある。「観賞用」と「食用」だ。
まあ、それだけだったら、ほぼ正しいと言っても差し支えない。
だが、その内容が普通の知識ではなかった。
「切り身の状態で養殖されている」
つまり、あれはあれで、独立した生き物だと考えていたのだ。
切り身が水中を泳いでいる。


どうだろう。
ここまで来ると少なくても著者の宮沢氏かこの高村初音さんのどちらかが、
狙っているとしか考えられない。
それとも2月25日付けで日本地理学会が発表した
「大学生・高校生の世界認識の調査報告」で
イラクがどこにあるか知らない大学生が44%、
北朝鮮がどこになるか知らない大学生が10%、
さらには、
アメリカがどこになるか知らない大学生が1%に裏づけされるように、
本当にこんな人間がいるのであろうか、、、
それとも日本地理学会の報告が誇張されたネタなのであろうか、、、
困惑するところである。

ともあれ一読するなかでは、
宮沢氏のエッセイ「よくわからないねじ」は、
このように嘘がはびこっていると、感じずにはいられない。

そこが、かなり面白い。


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「二度あることは三度ある」を連想しますよ。
ホリプロのHPのトップに"あびるフェスティバル"についてのお詫びが載っている。
右下には「STOP!肖像権侵害」のCMがあって、"それ、NGです"とコメントが出る。

ホリプロ側も少しは反省の意を示して、
「STOP!集団窃盗」"お店、潰れます"とか、
他の所属タレントにも注意を呼びかけて、
「STOP!カミングアウト」"活動、自粛です"とかに
変更したらどうだろうと思っている、今日この頃、
皆様はいかがお過ごしですか?

ホリプロは現在、創立45周年記念ミュージカル
「プレイバック part3(仮)」の主役を募集している。
ご存知の通り、「プレイバック part3」とは、
数々のヒット曲を残した伝説のスター、山口百恵の楽曲である。
(とはいえ、今の若い人は知らないだろう、、、)

応募資格は、
・13歳~20歳の健康な女子
・プロ・アマは問わない
・自薦・他薦は問わない
・グランプリ受賞後、ホリプロ所属が可能であること
として、"とにかく歌唱力には絶対の自信がある"という
女の子を募集しているということ。

応募資格として明記しておるのはこれだけで、
「集団窃盗をしない女の子」
「過去の不祥事をカミングアウトしない女の子」
という規定はないようなので、
"集団窃盗"をしてしまったからと諦めていた女の子が居たら、
問題ないようなので、是非応募して、合格して、
その後すぐにカミングアウトして下さい。
まさに「プレイバック part3」として。

ちなみに主催はホリプロ・日本テレビ・楽天の3社なんだけど、
ここは"楽天"ではなく、"ライブドア"が参入するべきでしたね。
お騒がせ揃い踏みとして。

舞台演出家でありながら、
全く持ってそんなことに触れてないので、、、

脚本が尾崎将也氏で映画「g@me」とか、
ドラマ「アットホーム・ダッド」の脚本を手掛けた人で、
演出がラサール石井、とのこと。

・・・コメントの仕様がないですね。

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「冬の輪舞」で気付く。
フジテレビの昼ドラ「冬の輪舞」をたまに見る。

欠かさず見ている訳ではなく、たまにではあるが、
TVをつけるとやっているので見てしまう。
それはというのも、丁度ドラマ開始の3話位を立て続けに見てしまったこともあり、
やっているとその後どうなったのかが気になってしまう今日この頃、
皆さんはいかがお過ごしですか?

この昼ドラも、いかにも昼ドラのように、
出生の秘密あり、暴力あり、恋人寝取りあり、駄目親父あり、裏切りあり、
近親相姦(未遂?)あり、レイプあり、自殺未遂あり、流産あり、不倫あり、
と、昼ドラ要素満載の昼ドラなのである。

2、3日前に久しぶりに見ると、だいぶ中抜けして居たらしく、
この前まで高校生だと思っていた主人公・しのぶは、
もう27、8歳で結婚までしていた。

丁度昨日は、主人公・しのぶが
自分の旦那・哲也と幼なじみ?(親友?)でもあるもう一人のヒロイン・千鶴子との浮気を目撃、
千鶴子は自分の恋人・哲也の奥さんがしのぶであることを知って、
もう別れようと切り出すんだけど、どうしても、別れられない。
そんな中、しのぶは自分が妊娠していることに気付き、旦那に浮気を清算してくれるよう頼む。
しのぶと哲也はしのぶの実の父親(千鶴子の育ての親)の元に訪れ、妊娠したことを告白する。
それを聞いて動揺する千鶴子。

内容はともあれ、改めてこのドラマを見ながら気付くことは、
表現がきわめて"わかり易い"ということ。

例えば、"しのぶが2人の浮気を目撃する"シーンでは、
ホテルのロビーで2人が腕を組んで出て行く所を目撃する。
しかも、旦那は今晩、取引先と打ち合わせがあると言っていた。


王道です。
浮気発見シーンで一番使われているであろう「ホテルのロビー」と
一番言い訳にしているであろう「取引先と打ち合わせ」。

次に、"妊娠に気付く"シーンでは、
急に気持ち悪くなり、洗面台に駆け込む。
すぐに「はっ」とし、お腹を押さえる。


もう予想通りです。
すでに「ウッ」っとなった瞬間、見ている人全員が妊娠だと気付きます。
しかも一回吐いた位で妊娠だと思うなんて、ドラマの中くらいなものです。
(ちなみに次回、予告では、これが想像妊娠だということになるようです)

最後に、"しのぶの妊娠告白に千鶴子は動揺する"シーンでは、
しのぶが告白した瞬間、千鶴子は持っていたティーカップを
お盆ごと落とします。


まさに動揺。動揺の極みです。
しのぶも上手い具合に千鶴子がお盆にティーカップを乗せている状態の時に告白し、
千鶴子も「ここだっ」という、いいタイミングそれを落下させます。
これは2人のアイコンタクトの上で生み出される、
真のコンビプレーと言わざるを得ません。

こういった昼ドラは、予想外の展開をしているようでいて、
誰もが予測できるような、わかりやすい表現をしているようです。

この"わかり易さ"がウリなんでしょうね。
視聴者はそれで安心できるのでしょうね。

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テロップを上手く使う。
"あびるフェスティバル"もそろそろ終演のご様子です。

日本テレビサイドも今日謝罪を行ったようで、
「放送人のモラル、緊張感が欠如しており、弁解の余地がない」とコメント。
放送の時に「万引きは犯罪です」とテロップを入れるのと一緒に、
「放送人のモラル、緊張感が欠如しています」って
テロップを入れていれば、
わかりやすくてよかったんじゃないかなぁ、
と思う今日この頃、皆様はいかがお過ごしですか?

あびる優も早々に活動自粛となり、
最近の"活動自粛"騒動の多さには本当に驚かされます。

安倍なつみ、島田紳助、萩原健一、中村勘九郎、柏原崇、、、
ダルビッシュ有は謹慎ですかね。
あと小泉今日子は"活動自粛"とはなっていないようですが、、、
むしろ永遠のアイドルとして、
この"活動自粛"ブームに便乗してもらいたいです。
それとまた、DA PUMP の SHINOBU がやらかしましたから、
これまたブームに便乗して。
なにせ、1、2ヶ月したら何もなかったように活動を再開出来る訳ですから。。。

でも、安倍なつみや島田紳助などは、復帰を望まれる度合いが高いけど、
あびる優はどうなのだろうかと思う。

私はもちろんあびる優がこのまま消えても全く持って困らないし、
むしろ、ゆっくりとTVを見ているときに、
あびる優の発言を聞いて、ゲンナリすることがなくなって助かるなと思う。

「配達員のフリをしてごまかした」というあびる優の集団窃盗について、
ホリプロ側の言い訳は
「小学5年生の頃の万引きの話を大げさに話しただけ」とコメントしており、
これに対しても、ツッコミ所が満載なのだが、
18歳のあびる優から窃盗の時効の7年を引いて11歳という、
もういっぱいいっぱいのコメントだったのだろう。

ちなみにホリプロが活動自粛を発表した19日の深夜、
フジテレビの「東京金歯」という番組の「金返せショー」という
若手芸人のコントを審査していく内容のコーナーに
あびる優が審査員として出演していたらしい。

そのコントの中で、「空き巣」ってネタがあって、
空き巣をしてる時に、その家の住人が帰って来てしまい、
色々と言い訳をするという内容なのだが、内容以上に、
そのネタをあびる優の前でやっている状況の方がリアルで笑える。

最後に「このネタはフィクションです」って
テロップが入ればもっと良かった。

他に"赤ちゃんプレイが好きなオジサン"のネタがあって、
終了後、コメントを求められたあびる優は、
自分の隣りの11歳の女の子を指さして、
「ネタは面白かったんだけど、この子はまだ11歳だから、
こんなネタを見せてもいいのかな?って心配になりました」と発言。

ホリプロ側の言い訳通りなら、
あびる優は同じ11歳の時に集団窃盗を繰り返していた訳で、
隣の女の子の心配をしている場合じゃないだろうって、
ツッコミが必要だったなと思う。

ここもせめて、「11歳といっても、成長には個人差があります」って
テロップが入れば良かった。

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○○でしか出来ないこと。
先日このblogに書いた「グランド・フィナーレ」のことから入るのですが、
文章中に村上龍氏のコメントを引き合いに出しているのですが、
その後、村上氏の選考のコメントなどを確認していく内に、
我ながらあからさまに発言の拡大解釈だったようです。

村上氏の芥川賞選考についてのコメントをまとめていくと
下記のようなものです。

・少女に対する偏愛という、いろいろな意味で危険なモチーフについて、
作者が踏み込んで書いていないのが最大の不満だった。

・少なくとも危険なモチーフから逃げているとか、
態度をあいまいにしているという疑いを読者に持たれてはいけない。

・親権を失ったわが子への愛情とセクシャルな少女偏愛が同居することにも
違和感があったし、麻薬や酒を一緒に楽しむ悪友がいる人間がああいった
マニアックな性癖(=ロリコン)を持つことにも違和感があった。

・何よりも、このようなセンシティブなモチーフを(わたし)という
一人称で書くのは致命的に未熟だと思った。

・批判ばかり書いたが、それでも私は阿部和重氏の作品を推した理由はただ一つ、
小説にしかできないことに作者が挑戦しているように感じたからだ。


こうして踏み込んだ意見を確認すると、
先日の私の村上氏のコメントの扱いは乱暴だったと言わざるを得ない。
(もちろん村上氏のコメントについてのみの話ですが)

ここで余談。
何だかこう立て続けに「グランド・フィナーレ」の話ばかりで、
私の日々の日記なのかが、早くも怪しくなって来てしまいました。
しかも毎日、「グランド・フィナーレ」のことばかり
考えている人間みたいですね。

さて、村上氏のコメントに戻りますが、
今日ここで注目したいのは、
最後のコメントです。

「小説にしかできないことに作者が挑戦しているように感じたから」

とても素敵なコメントだと思いつつ、
ここからは「グランド・フィナーレ」の話からは離れていきます。
実際に「グランド・フィナーレ」が「小説にしか出来ないこと」かどうかは、
今は重要ではありません。

私はこれでも舞台演出家で、自らが主宰する団体を持っております。
そして、私が演出家として考えている一番重要なことが、
「演劇でしか出来ない作品をつくる」
ということです。
ちなみにもうひとつ重要なことが、
「演劇の概念に囚われない」
ということです。
何だか矛盾をはらんだ2つの言葉ですが、
これが全てだと、言ってもいい位です。

、、、と、ここまで書いてきましたが、
この話を具体的にしていくのは、
かなり困難なことに、、、今、気がつきました。
この話はそう簡単には言い尽くせないなと、、、

更には、具体的に私の作品の事例を挙げずに、
この話をするのは無謀ともいえます。

という訳で、
今後少しずつ触れていきたいと思います。

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作品と消費。
今、私はある邦画作品を見ながらこの文章を書いている。
だが、昨日に引き続き、批評めいたことを書こうとしている訳ではない。
プロフィールにも書いてある通り、私は映画をあまり好んで見る人間ではない。
しかし、こんな私にも好きな作品がある。
"好きな"というのはとても陳腐な言い回しだが、
そのある"好きな"作品を改めて見ながらこの文章を書いている。

、、、最近「表現」について考えている。

映画、絵画、小説、音楽、漫画、お笑い、演劇、、、
様々なフィールド上で「作品」が生み出され、
そこには"作り手"と"観衆"という関係が成り立っている。

例えば映画を上げれば、邦画、洋画あわせて
毎年600本以上の「作品」が公開されている。
CDショップに行けば、当たり前のようにCDがずらりと並び、
レンタルビデオに行けば、当たり前のようにビデオ、DVDが並び、
本屋に行けば、当たり前のように小説、漫画、雑誌が並ぶ。

ここから突きつけられる現実は、
"作り手"の向かいに側に存在するのは、
"観衆"ではなく、"消費者"に過ぎないということではないだろうか。

TVがそもそも、そう認識されているように、
私たちは、映画や、絵画や、小説や、音楽や、漫画や、お笑いや、演劇の消費者に過ぎない。
「作品」は一時的に娯楽に、芸術に、感動に触れ、消費されるものに過ぎない。

「表現」とは、"作り手"と"消費者"の間に存在する"消費価値"ということなのだろうか?

さて、始めに書いたとおり、
私は今、ある映画を見ながらこの文章を書いている。
私はこの「作品」を"消費"しているということなのだろうか?
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「グランド・フィナーレ」(と芥川賞)について。
阿部和重氏の『グランド・フィナーレ』が芥川賞を受賞した。
私は、もちろん芥川賞作品だからという理由ではないが、昨日この作品を読み終えた。
また、前置きとして、好きな作家という問いに対し、阿部氏の名前を挙げるつもりはないが、
私の中では評価の高い作家であるし、阿部氏のほとんどの作品を読んでもいる。

20050218014020.gif

この本の詳細を見る


先ほど"体調が悪い"と書いているにも関わらず、という疑問も自ら浮かびつつ、
本来であるならば、早い所、床につけばいいものの、
その後、飲んだ風邪薬のため、多少の回復をしたことをいいことに、
これを書き始めた。

本来は昨日このことを書き記したかったのであるが、
先の状態ではそれがままならなかったという訳である。

書きたいことは大きく分けて2つある。
ひとつは今回の芥川賞受賞について、
もつひとつはこ『グランド・フィナーレ』そのものについて。

こと、前者に関していえば、
偶然にも発見した、古畑実氏のブログ"文学賞の値うち"にて、
かなり的確に(もちろん私の思いを基準として的確に)書かれているので、
私がここに多くを記すことは止めにしたいと思っている。
私にはこうは書けなかったであろう。

言ってしまえば、阿部氏を受賞させるにしても、
せめて『グランド・フィナーレ』以外の作品にするべきだったのではないかということ。

さて、『グランド・フィナーレ』そのものの話に移りたいと思う。
内容は大まかには次のようなものだ。

ロリコン趣味の主人公・沢見は、
自分の娘や他の少女たちの全裸写真を撮り貯めていたことが
妻に知られて離婚される。
自分の娘との再会に固執する沢見であったが、
知人の暴露により、具体的な性癖を多くの知人に知られ、
東京での居場所を追われる。
その際、知人であった女性Iから叩きつけられる
「それを苦にして、死んでしまう娘もいるんだよ」という言葉。
帰郷を余儀なくされた後、身を案じた友人の紹介で、
地元で催されるお芝居の監督を任されることになり、
そこで彼は2人の少女、亜美と麻弥に出会う。
同じ小学校の生徒でもある2人に演技の個人指導を依頼され、
引き受けることになるのだが、指導が進むにつれて、
2人の少女がそれぞれに抱く複雑な思いに気がつきはじめる。
不安な思いにとらわれながら沢見は指導をつづけるが、、、


まず問題となるのは、"ロリコン"という設定である。

芥川賞選考の中、選考委員の村上龍氏が
「ロリコンとはこんなものじゃない!」と20分の演説して受賞に反対したとのこと。
この村上氏の発言にも頷けるように、主人公・沢見のロリコン度はかなり低い。
離婚に追いやられる過程を嘆き、女性Iからの発言が心に刺さり、
気持ちを抑えている。更正の道を歩んでいく。
しかし、逆を返せば阿部氏はあえてそのような"プチ・ロリコン"の設定にしたように思える。
そういう意味で村上氏の発言は、論理として成立なしえなかったであろう。

少女の写真を撮っていたのも、少し前の出来事として描かれているように、
自分自身の過去のあやまちを露呈することはあっても、
小説の時間進行中にそのような行動に出ることはない。
阿部氏はそうして、あえて、主人公に自制心を与えることによって、
この主人公にリアリティを持たせた。
現実の世の中でも、往々にしている存在として描ききったと言える。

そして、私が阿部作品として『グランド・フィナーレ』が駄作だと感じてしまう
大きな要因がここにある。

阿部氏はこれまで、デビュー以来、一貫して「暴力」と「死」を描きつづけてきた。
そして、その2つを描くことがもはや文学では特別な意味を持つことではない、
という自覚のもとで小説を書いていたように思える。
あくまで、現実に「暴力」や「死」を突きつけたように見せて、
それを、より閉鎖的に追求することによって、
嘘くさい内面や虚構的な現代を表現し、
過度な現実感を帯びた「寓話」を生み出してきた。

そういった意味で『グランド・フィナーレ』は
「暴力」や「死」を突きつけながらも、
自制心によりコントロールされ得る、
それなりの社会人を描いているに過ぎない。

もうひとつ記すべき事柄は、この作品の終わり方にある。

お芝居の練習に熱心な2人の少女であるが、
お芝居後の卒業を期に2人は離れ離れになってしまうことを知っている。
ふとした機会に2人が自殺マニュアルが書かれたHPを見ていることを知った主人公・沢見は、
死への不安に駆られ、クリスマス・イブの夜、懸命に2人を探すも見当たらない。
そして明くる日、お芝居の稽古の時間。
2人を待つ沢見と、いつも通り現れる2人の少女、、、


物語はここで終わる。

誰もが拍子抜けする程の物足りなさを感じるであろうこの終わりは、
読者それぞれに物語の流れとフィナーレを構築させる、
仮想的なマルチエンディングを取ったのかもしれない。

大まかな解釈は2つ。
1、2人の少女に"生"を与えることによって、
現実とのつながりを取り戻していく。
2、2人の少女への思いと、自分の娘への思いを結びつけ、
再び破綻に向かっていく。

芥川賞の受賞報道や宣伝で記されている範囲で言えば、
確実に前者の"希望に満ちた終わり"と解釈されているようである。

読者がどちらの終わりを予見するかは、
終わり付近の次の一文をどう読むかに順ずる部分が大きいのではないだろうか。

「去年のクリスマスからまる一年が経った今、カメラを手にしなくなったわたしは、
言葉のみを使いこなして現実に介入しなくてはならない難儀な場所へと辿り着いてしまった」


最後に私が書き記したいのは、
この『グランド・フィナーレ』という作品が、
つり広告に書かれているような、
「奈良小学生誘拐事件を予見したのか」
という見解が成り立つ作品ではないだろう、ということ。
本作装丁に書かれているような、
「文学が、ようやく阿部和重に追いついた」
と言われるべき作品ではないだろう、ということ。

『グランド・フィナーレ』と名付けられたこの作品が、
『グランド・フィナーレ』で有り得るためには、
表現され得ぬ部分に"寓話性"を持つことが、不可欠であろう。
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2005/02/18(金) 02:02:51| しるし| トラックバック(-) コメント(-)
体調の良し悪し。
今現在、すこぶる体調が悪い。

あからさまに熱が上がっていっている状態である。
仕事をしているのであるが、
今の状態で的確な思考は困難である。
それでなくとも気持ちが低迷している今日この頃、
体の不調はかなりこたえる。

基本的には「病は気から」と思っている性質なので、
少しくらい体調の悪さは気に留めない。

しかし、もはやそうも言ってられない。。。
これでも病気じゃないなんて言おうものなら、
よもやストーカーである。

これは例えである。


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3時間の困難よりも。
一昨日、演出家 Y氏からの依頼で、
ENBUゼミナールのY氏クラスで3時間のワークショップを行った。

まず、3時間の、1回のワークショップは、
それ自体、かなり大変な作業である。
「はじめまして」の挨拶をしてから、3時間の内に、
参加者全員から"ためになった"と感じてもらわなければならない。
もちろん、そう感じてもらえるように配慮するということである。

例えば、講義や講演のように一方的に講師が論ずるのであれば、
参加者がその中から、自分に必要なものを心に留める(またはメモする)
ということで、3時間という時間は十分なものになることでしょう。

演劇のワークショップを受けたことがある人なら、
ピンとくるかもしれないのですが、、、

近い例で置き換えるのなら、料理教室を思い浮かべてください。
1回3時間の料理教室で"ためになる"ことがあるのか?
「3時間で自分が作れなかった○○という料理が作れるようになった。」
そうです。○○という形がハッキリしたら実感が湧くでしょう。
演劇のワークショップでも、同じことが言えます。
最終的に何らかの形で創作を行い、
自分が(自分たちが)作った○○が出来上がったならば、
実感が湧くのです。

これは3時間では難しいのです。
包丁の切り方、野菜の炒め方、これを混ぜるとオリジナルソースが作れます、、、など。
料理において大切なポイントを少しだけ体験してもらうに過ぎません。
そこに具体的な料理の品は登場しません。

もちろん全く持って"ためにならない"ことはないのです。
○○が出来たという実感が持ちにくいというだけで、
大切なポイントは"ためになる"ハズですから。

こうしてここまで、3時間という困難を書き綴ってきたのですが、
更に大きな困難は実は別の所にあります。

当日、私はENBUゼミナールの稽古場に到着。
私とは初対面の18名の参加者がそこには居た。
時間となり、Y氏はおもむろに私の紹介を始めた。
その場では、実質、私が部外者な訳である。

私に気遣い、Y氏が皆に質問を投げかける。

「●●(私が主宰する集団名)の芝居を観たことがある人はいる?」

沈黙。。。
照れとか、躊躇なし、リアルなノーリアクション。。。

完全なアウェイ戦である。
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チラシ用写真。
今日は夕方よりカメラマンのH氏と打ち合わせ。
先日撮影していただいた次回公演のチラシ用の写真を受け取る。
今回のチラシは数人の女性の様々なカットの写真を使用する事になっており、
撮影は先月末、車でいろいろな場所に行って撮影してきた。

20050213035430.jpg 20050213035439.jpg
今回撮影した中で(おそらく)使わないカット2枚up。モデルはKさんとSさん。

そもそもH氏との出会いは6、7年程前にさかのぼる。
当時私は、とある劇団で俳優をしており、
予てから演出家志望であった私は、
所属劇団の演出家K氏が行うワークショップのアシスタントとして、
その場に訪れていた。

そのワークショップにひとり場違いのように参加していた
可愛らしいおっさんがH氏であった。
おっさんと言っても年齢は定かではない。
当時のH氏と比べれば今の私のほうが年齢的にも上なのかもしれない。

H氏はワークショップの中、いかにも素人といった感じで、
かなり遠慮がちに参加していた。
素人という表現も失礼かもしれないが、
他の参加者に比べて明らかに"俳優になりたい"というような志がない。
はっきり言って、隣の教室の「経営マーケティング講座」に参加するはずが、
間違えてこっちに来てしまったが出るに出られない、といった感じ。

そんなH氏が20歳そこそこの参加者と共に、お芝居をする訳である。
セリフを喋り、演じる訳である。
これはかなり面白かった。
言っては悪いが、かなりヘタクソである。
だが、H氏の持つ天性のお茶目さとこの場違いな状況が合間って、
ひと時も目を離せない存在になっている。
、、、感服であった。

誤解の無いように書き添えておくが、
H氏はこの当時から、俳優を目指していた訳ではなく、
カメラマンを目指していた。
なぜ参加したかは謎であったが、
はっきりカメラマンに成り立てで、、、
と、これまた遠慮がちに語っていた。

そんなH氏とこうして一緒に仕事をするようになるとは、
当時は考えもしていなかった。
失礼だが、
この人はこの先もずっと場違いな場で場違いなことをし続ける人なのだと、
当時の私は思っていた。
しかも、それが似合っていた。
・・・本当にごめんなさい。

今回の撮影中、H氏と出会った頃の話になって、
思い切って私は、どうしてあのワークショップに参加したのかを尋ねてみた。
H氏は当時、自主映画(らしきもの)の監督をすることになっていて、
自分に俳優経験もなかったため、
俳優の気持ちを学ぼうと参加したのだとのこと。

私は続けて尋ねる。
H氏は答える。

「面白かったけど、俳優の気持ちは全然わかりませんでした。」

そうですね。
わからなかったと思います。
俳優らしさの片鱗もありませんでしたから。。。

H氏は素晴らしきカメラマンである。<<
>>>[チラシ用写真。]and more...

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"死"という実感。
確か小学校の頃、10歳の頃と記憶している。
思い返してみると、この記憶は鮮明に蘇らせることができる。

その頃、私は"死"ということが恐く、
眠れぬ夜を過ごしていた。
もちろん"自分の死"ということことがである。
おそらくは、"死"という概念を認識し始めた頃
だったのであろう。
そして、その"死"というのは、"無"という意味であった。

例えば過去の人々を考えた時、
400年以上前、戦国時代に"死"を迎えた人々は、
その瞬間に"無"となり、400年以上の間、"無"が続いている。
もちろん、今後も永遠に続いていく。

10歳の頃の私は、布団に入り、天井の模様を眺めながら、
そんなことを考えていた。
眠れなかったのではない。眠りたくなかった。
眠るということがそのまま"死"という"無"を
受け入れる行為であるように思えていた。。。

現在の私は、
眠るという行為に対して、恐れを持ってはいない。
むしろ、前のめりで受け入れている有様である。
しかしそれは、"死"ということを受け入れている訳ではなく、
"死"に対しての実感がなくなった訳でもない。
単に"死"と眠るという行為への認識が切り離されただけである。

"死"に対する言葉が"生"である限り、
"死"に対して向き合うことが、
"生"に対して向く合うことになるように思える。

10歳の頃の私は、激しく"生"に固執していた。
この自己感覚と言うべき、記憶は、
今も尚、私の体に実感として刻まれている。
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私がつぶやく最後の言葉。
『つぼは花瓶にも骨壷にもなるよ』

あなたがつぶやく最後の言葉」によると、
これが私の最後の言葉になるそうです。

説明によると、常に何かを求め走り続けた最後に、
探し当てたものが、この答えなのだそうです。

私の死に際に立ち会った方が居るとすれば、
真理とユーモアは紙一重であると、痛感することでしょう。

せめて、つぼのある場所で死ねるよう、、、
>>>[私がつぶやく最後の言葉。]and more...

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1週間の関係。
先週1週間は本当に楽しい日々であった。

舞台演出家をやっている私ですが、
先週久々の一般ワークショップを行った。

十数名の参加者と共に、
一週間ずっとエクササイズをしたり、
創作をしたりする訳である。

参加者はほとんどが初対面の方々であり、
こうした出会いが私にとっての力になる。

私はワークショップの最後は
この言葉で締めくくることにしている。

「何日も掛けて、色々なことを皆さんに伝えてきました。
皆さんに伝わった幾つかが、今後、演劇に関わる上で、
少しばかりの力になれれば幸いです。
でも、それよりももっと大事なことは、こうして、
ここに集まった皆が出会えたことです。
今後もこの出会いを、新しい出会いを大切にしてください。」

感謝。


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はじめに
ようやくですわ。ブログ始めますわ。

とりあえずは、かねてからの私の文章力の無さにも嘆きつつ、
そこはかとなく書き綴ってみるべし。

とりあえずは、このブログのことは誰にも話すまい。

プロフィールにこそ、情報は載せましたが、
私が誰なのかは、バレるまで内緒にします。

それとなく日々の事々を書く中で、
そこはかとなくバレて行くかもしれません。
それはそれで楽しみなので。


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